見えているものに囚われすぎるから、不自然な動きになってしまうんでしょうね。お互いに命の尊厳を大切にしているはずなのに、自分の尊厳を守るために相手の尊厳を傷つけている

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■死をおそれない生き方 -主婦の友社-

見えているものに囚われすぎるから、不自然な動きになってしまうんでしょうね。お互いに命の尊厳を大切にしているはずなのに、自分の尊厳を守るために相手の尊厳を傷つけている

未来に不安やおそれを抱くのも、
過去に囚われてしまうのも、
それは社会が生み出した何かに惑われているからです。

自分は何に惑わされているのか?
何に囚われているのか?

それを知ることは決して無駄ではありません。

私はそれを、
社会では下等なものとみなされている麻雀牌から教わってきました。


by. 桜井章一氏

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こと人生においては、
上の立場の人より、
下の立場から学んだ方がはるかに助けになります。

心と体というのは繋がっています。

心身ともに柔らかさをたもっていないと、
バランスは崩れてきてしまうもんなんです。

体の一部が精神であり、
心なわけです。


by. 桜井章一氏

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心ばかりよくしたふりをしていてもダメです。
心身ともによくしていかなければなりません。

現代人の動き方は無駄な動きがとても多いです。

無駄に動いたり、
無駄に力んだりするから肩や腰などの関節を痛めてしまうんです。

みなさん、頭で考えた”運動”
をしようとするから自然な動きができなくなってしまったんでしょう。


by. 桜井章一氏

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“運動”しない動きが、
本来の自然な動きです。

腰を痛めるのは、
目からものを取りにいくからです。

下にあるものを取る際、
ほとんどの人が目と一緒に顔も下に向けて取ります。

頭の振り幅が大きすぎるから頭にも腰にも負担がくるんです。


by. 桜井章一氏

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取ろうと思うものを見つけるのは確かに”目”です。

でも目と一緒に首を曲げて、
顔まで下を向くことはありません。

目で確認したら、
目線だけ下のものを捉えるようにして、
顔は上向き加減。

慣れてくれば、
下のものを凝視せず、
ふんわりと前を見るような感覚でも下にあるものが取れるようになるはずです。


by. 桜井章一氏

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それが自然な動きなんです。

見えているものに囚われすぎるから、
不自然な動きになってしまうんでしょうね。

とかく現代人は、
“目”という”一感”だけに頼っているようなところがありますから、
なおさらです。

目線が下がっていると、
やっぱり気持ちも暗くなりがちです。


by. 桜井章一氏

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目線をちょっと上げれば自然に姿勢もよくなります。

「姿勢がいい」っていうのは別に背骨がピシッと伸びているからじゃありません。

目線がいいから姿勢もよくなるんです。

心持ちは明るく、
目線はちょっと上に。


by. 桜井章一氏

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そうやって心身のバランスを取っていくことが、
暗く、沈みがちな今という時代を生きていく上では大切なことなんです。

ただ、今の世の中はあまりに”命の尊厳”
というものに価値を置きすぎのようにも感じます。

命は自然から授かったものであり、
たったひとつの大切なものです。

でも”尊厳”的な扱いをするほどのものではないと思うんです。


by. 桜井章一氏

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私は尊厳とか、尊敬とか、
そういった言葉をあまり信用してません。

尊厳とか尊敬とか、
そんな言葉があるから人々が囚われ、
惑わされるのだと思っています。

尊厳という言葉を聞くと私は宗教を連想します。

キリスト教とイスラム教は有史以来、
長い間争いを続けています。


by. 桜井章一氏

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お互いに命の尊厳を大切にしているはずなのに、
自分の尊厳を守るために相手の尊厳を傷つけている。

私たちの生活の中で、
生誕と死は表裏一体のものとして存在している。

それで成り立っているのが日々の暮らしであり、
人生です。

人の命はそれ以上でもそれ以下でもないんです。


by. 桜井章一氏

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つまり、子どもが生まれたからといって喜びすぎるのもおかしいし、
誰かが亡くなったからといってそれを悲しみすぎるのもおかしいということです。

生誕や死を大きくすることで成り立つものが何なのかを考えれば、
その答えは見えてきます。

つまり、それを大きくすることによって儲けている人がいるということです。

私たちはそうやって長い時間をかけて惑わされてきました。


by. 桜井章一氏

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経済というシステムには、
そのような仕掛けがいろんなところに仕組まれているんです。

人生は得ることばかりではありません。

もしかしたら失ったり、
別れたりといったことの方が多いかもしれない。

喪失感といったものを感じるものですからね。


by. 桜井章一氏

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肝心なのはそれをいかに大きくしないか、
どうやって治めていくか、
ということでしょう。

元来、私はあまり喪失感といったものを感じない質なんです。

それは”終わりは始まり”
という感覚が強いからです。

失ったり、手離したりすることが
“新たな始まりだ”
という感覚がある。


by. 桜井章一氏

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でもそれは必然的に終わったことです。

終わった時に「あ、また何かが始まっていくんだな」
という感覚を持てばいい。

失った5を嘆いていても何も始まれりません。

5からまた始まったと思うようにする。


by. 桜井章一氏

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「10なければいけない」
「10なければ幸せじゃない」
と自分で決め込んでしまうから、
どんどん苦しくなってしまうんです。

状況というものは刻一刻と変化していくものです。

10あったものが自然に5になってしまう場合だってあります。

大切なのは失った5に囚われず、
考え方を切り替えていくことです。


by. 桜井章一氏

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