目的を、目的意識を持ったときに、人間は駄目になる。経過を大切にする精神が希薄になるのです

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■雀鬼流。~桜井章一の極意と心得~ -三五館-

目的を、目的意識を持ったときに、人間は駄目になる。経過を大切にする精神が希薄になるのです

麻雀の本質と、
つまり自然と同化し、
調和をはかれるようになれば、
その人の麻雀は本物になるのです。

(流れに乗っている状態)そのときが、
私を、人を捨てたときであり、
牌を運転しているのではなく、
牌が自分を運転してくれているときです。

麻雀というのは天気と同じで、
雨が降ったりやんだりしている。

それが自然です。


by. 桜井章一氏

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ですから、
「あ、これは当たるな」と思っても、
振らなければいけないときは振る。

いわば雨です。

そこを晴れにしてしまいますと、
作物が育たなかったりで、
困る人がいるのです。

損得ではなく、
振り込むとわかっていても、
自然の麻雀の流れに沿って、
振らなければならないときは振る。


by. 桜井章一氏

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昔の人間は、
本能のまま、
自然のままだったはずです。

また、人類の進化というのは、
人類が自然から身を引きはがすことであり、
つまり人工化の歴史だった。

しかし、
いつしか人工化がゆきすぎてしまって、
ちょうどいまは自然とのバランスをとるために、
戻そうとしている時期なのではないでしょうか。

人間というのはもともと自然の中の存在なのだから、
自然というものを大切にして、
そのうえで、
何分のいくつかの人工的なものがあってもいいではないかと……。


by. 桜井章一氏

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目的を、目的意識を持ったときに、
人間は駄目になる。

経過を大切にする精神が希薄になるのです。

目的意識を持たないで、
踏んばれることが、
一番すばらしい。

勝つため、
偉くなるため、
金持ちになるためといった目的意識は、
自然界にはない。


by. 桜井章一氏

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工夫と努力を積み重ねて、
正々堂々と戦って勝ちとった勝利こそ、
価値があるのです。

陽明学の創始者王陽明も、
「今の人の学問では、
知と行を分けて二つのものとします。

ですから一念が動いた場合、
たとえそれが不善であっても、
実際の行動の上に現さなければ罪悪でないとして、
あえてこれを禁止しようとしないことがあります。

私がいま、
知行合一を主張するのは、
この考え方を否定して、
人に一念が動いたとき、
それはすなわち行ったことであることを、
よく知って欲しいからなのです。

念慮(思い)が動いたときに不善があれば、
この不善の念を克服させて、
必ず徹底的にその一念の不善が胸中に潜伏して、
残ることのないようにさせることなのです」
(『伝習録』下巻)と語っています。


by. 桜井章一氏

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■瞬間力 ~逆境を乗り切る方法~ -竹書房- アガリや振り込みがいいというのは、それにちゃんと意味があるということ ...

知と行はもともと二つに分けられないものなのだ、
本来一つなんだよ、
といっているのです。

分けて考えるから、
行動に現さなければ、
何を思っても考えてもいいんだ、
ということになってしまう。

キリストも陽明も、
「思ったことは、すでに行ったことだ」
と主張しているのです。

行動を規制しても、
悪を滅ぼすことなどできない。


by. 桜井章一氏

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行動に現れる前の、
思いの段階で、
そんな自分勝手な思いや考え方はいけないよと、
自分にも他人にも教え諭し、
正していかなければならないのです。

雀鬼会というのは、
桜井流麻雀を学ぶことを通じて、
人間力を高める、
人間を、
心を磨く修業の場です。

ひっかけたり、
都合が悪いときは逃げ回ったりと、
ずるがしこい戦い方で勝った勝利にいったいなんの意味があるんでしょう。

ずるがしこく立ち回って戦い続けていても、
真の実力は決して身につきませんし、
真の強者にはなれないのです。


by. 桜井章一氏

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「牌の音」ではそう(全部自分のためにやっている)ではなく、
自分のために麻雀を打つのではなく、
一緒に打ってくれる三人のために打つ気持ちをまず大切にしなさい、
と教えている。

そうすれば、
潔さとか、
犠打とか、
思いやりとかがわかってくる。

自分の勝ち負けだけを考えてるような打ち手には、
絶対そうしたことがわからない。

自分のためだけを考えて打ってるわけですから、
自分以外の人の心の動きなど見えてくるはずもない。


by. 桜井章一氏

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■瞬間力 ~逆境を乗り切る方法~ -竹書房- 迷いの一打、弱気の一打を打つことで、そこから崩れていく 捨て牌...

雀鬼会では、
雀力アップの手段として、
審判制度があります。

打ちあう選手たちの心と身体の動向を見守り、
無駄な動作や、
集中力の欠如、
心の乱れはないかとチェックし、
心や身体の乱れの調整もするのです。

盲牌をしたり、
余分な考えで切り出しが遅れても、
審判から注意を受ける。

クビをかしげたり、
うなずいたりしてもいけません。


by. 桜井章一氏

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雀鬼会では、
「私を捨て、公で打て」と教えられます。

大きな麻雀を打つことを求められてはいても、
人間の持つ弱さから、
どうしても、
「私」の部分が浮き上がってくる。

その私の部分が内容を悪くし、
小さな麻雀にしてしまうのです。


by. 桜井章一氏

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「公」の麻雀というのは、
例えばツキ出しそうな気配の者がいるとします。

この場合、
他の三人が協力して、
バカツキさせないような麻雀を打たなければならないのです。

不注意で、
重要牌を鳴かせたり、
振り込んだりしないこと。

また、ツイてる者の大物手を未然に防ぐために、
他の三人同士で、
安い手に振り込んだりするのです。


by. 桜井章一氏

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■体を整える ~ツキを呼ぶカラダづかい~ -講談社- 感覚を探るのは難しいが、違和感を覚える部分はいくらでもある ...

「私」の麻雀というのは、
自分勝手なエゴむき出しの麻雀のことを指します。

自分が二着をとりたいために、
暴力牌(当たる可能性のきわめて高い牌)を切ってさらにトップ目の者をツカせたり、といったことです。

わかりやすくいうと、
麻雀というゲームは、
下手な人とやると下手場になってしまうのです。

下手な人が場のペースを作っていってしまい、
小さな麻雀にしてしまう。


by. 桜井章一氏

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審判を務めることほど、
真の麻雀理解のための最高の勉強の場はないのです。

試合中に選手が、
手を挙げることがあります。

「僕、ズルイことしました」
「僕、迷惑かけました」と、
自分で自分のミスを堂々という。

そうすることで、
自意識が高まります。


by. 桜井章一氏

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見られようが見られまいが、
自分が恥ずかしいことをしていればもう負けです。

ですから、
「桜井会長、麻雀で強くなるにはどうしたらいいんですか」
と聞かれると、
「自分が恥ずかしいことをしないことだ」
という。

寝坊するのも、
嘘をつくのも、
ごまかすのもそうですが、
自分に負けることっていっぱいあるのです。

そんなところで負けておいて、
麻雀だけ勝とうと思うのは大間違いだ、
ということです。


by. 桜井章一氏

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