手離す技術 ~20年間無敗、伝説の雀鬼の「執着転換力」~ 名言集⑨ ~プロ以上の麻雀無敗の伝説の雀士、雀鬼桜井章一氏著~

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■手離す技術 ~20年間無敗、伝説の雀鬼の「執着転換力」~ -講談社-

人間の中から「悪」の部分を取り去るのは本当に難しく、
なかなか捨てられるものではないことを如実に物語っている。

この国を動かしている政治、経済、教育という分野を見ても、
「よし」とされるものの中に、
じつは人を悪いほうへと向かわせる要素がたくさん潜んでいる。


by. 桜井章一氏

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「悪」とされるものを手直しするのが難しいのであれば、
むしろ「よし」とされるものに手直しを加えるという
「発想の転換」が必要なのだと思う。

人はどうしても、「よし悪し」の
「悪し」のほうに目が行ってしまいがちだ。

でも、そこであえて「よし」のほうに疑いを持ち、
手直しを加えるという逆転の発想が大切なのだ。


by. 桜井章一氏

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悪いところを直そう、直そうとするのではなく、
いいと思っている部分を見つめ直し、
そこから悪いものを見つけ、改めていく。

世の中も、自分自身も、
人間がつくり出した「いいもの」というのは非常に怪しい。

その怪しさを嗅ぎとる力は、
「いいもの」に対して疑問を感じるところから得られるのである。


by. 桜井章一氏

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指導する立場の人間の心構えとして、
「いいことがあったら下の立場の人間のおかげ。
 悪いことがあったら自分のせい」

そんな姿勢がなければならないと私は考えている。

この心構えのない者は、上の立場になってはいけない。
それが、上に立つ人間の最低限の責務であろう。

一方、上の立場なのに
なんでも下のせいにするのが「権力」である。


by. 桜井章一氏

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■手離す技術 ~20年間無敗、伝説の雀鬼の「執着転換力」~ -講談社- 「金は天下の回りもの」...

だから私は、
上に立つのであれば権力を持たずに立ちたかった。

そしてそれは、
「なにが起きても自分で責任をとる」ということを意味している。

いいことをすべて人のおかげとしていると、
不思議と生きていく中で「文句」や「不平不満」
といったものがなくなっていく。


by. 桜井章一氏

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下の立場の者を叱るとき、
まずは自分を正してから、
相手を叱る(正す)べきであろう。

常日頃から自分をどこかで律し、
正すように心がけていないと、
叱るべき時に叱れない。

そうやって自分を正していれば、
叱ったとき、相手にその気持は必ず伝わる。

逆に叱っても相手に気持ちが通じないのは、
自分のことを棚に上げ、
なにもせずに文句をつけているだけだからともいえるのだ。

自分を正しながら、叱るべきポイント、
叱るべきタイミングできちんと叱れば、
相手には電流が流れるように、
こちらの気持ちが通じるのである。


by. 桜井章一氏

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人間にバイオリズムというものがあるように、
世の中のあらゆるものごとは刻々と移り変わっている。

砂浜に打ち寄せる波のように、
一時として同じものはない。

そんな波が幾重にも重なることで、
この世は成り立っているのだ。

人生にはこのような好不調の波が必ずある。

そして人はえてして、
好調なときの自分というものを基準としてしまう。

ここに大きな問題が潜んでいる。


by. 桜井章一氏

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そんなマイナスの思考に囚われてしまうと、
人は柔軟な対応がとれなくなり、
どんどん不調の深みへとはまっていく。

そうならないためには、
「不調こそ自分の実力だ」と思うしかない。

世の中のあらゆることは移り変わり、
流れている。

人が「生きる」ということは、
そんな流れの変化に対応するということなのだ。

いまの時代を切り開いていくために必要とされているのは、
「不調こそ自分の実力」と思える謙虚さなのである。


by. 桜井章一氏

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■見えない道の歩き方 -竹書房- 人は誰でも善と悪を持っています。 「善悪」とい...

「自我」や「自尊心」といったものが強くなりすぎると、
いわゆる「自己中心的」な考え方、振る舞いが表に出てくる。

“ジコチュー”な人は、
自分のことばかり考えているはずなのに、
自分の認識がなくなっている。

自分のことをそれだけ考えているのであれば、
自分を認識していて当たり前のはずなのに、
“ジコチュー”な人にかぎって自分をまったく認識していない。

自分のことを考えているのに自分をまったくわかっていない。
“ジコチュー”な人はそこが困ったところなのだ。


by. 桜井章一氏

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人間社会は「自」と「他」があることで成り立っている。

それなのに「自我」や「自尊心」が強くなりすぎると、
「他」の存在がなくなってしまい、
心のバランスも大きく崩れることとなる。

それがやがて、心の病につながってしまう。
それはけっして珍しいことではない。


by. 桜井章一氏

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権力者がそのほかの人間と
大きく異なるのかというとそうでもない。

なぜなら、権力欲というものは、
多かれ少なかれ誰もが持っている欲だからである。


by. 桜井章一氏

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「差」を「差」として認識し、
「差をつけることを楽しむ」のか、
それとも「差」を「違い」として捉え「違いを楽しむ」のか、
その認識の違いで権力欲の進む方向も大きく異なってくる。

人類史上に起きたさまざまな悲劇の多くは、
この「差別」が原因となっていることはいうまでもないだろう。

「違い」を楽しめるタイプの人からは、
嫌らしい権力欲というものは感じない。

差があって当然、違いがあって当たり前と思っているから、
「違い」を「違い」として楽しむことができるのだ。


by. 桜井章一氏

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■図解でわかる!「ツキをもってる」人になる方法 -宝島社- 周囲の流れを読み、 運に好まれるようにするには、 ...

差をつけたがる人はバカを見下し、
能力のない人間を排除していく。

バカも利口も仲間だということが理解できない。

「バカも利口も全部仲間」という感覚がないと、
自分の中にあるバカの部分を必死に隠し、
利口な部分だけを見せようとするようになる。

そのような表裏があるから人間なのであって、
その表の部分だけを見せようとすれば、
人間がどんどん歪になっていくだけだ。

そうならないためには、
表も裏もさらけ出して生きていけばいい。


by. 桜井章一氏

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そんな「違い」の中にはダメだと感じるもの、
無駄だと感じるものも当然あるだろう。

でも、そのダメなものや無駄なものにも学べることは必ずある。

そして、自分の人間の幅を広げてくれるのは、
そういったダメなものや無駄なものだったりするのである。


by. 桜井章一氏

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それほど「差別」というものは、
人間の中に深く根を張っているものでもあるのだ。

私は、「残念ながら差別はなくならない」と考えている。

なぜそう思うのか。

多くの人が「差」をつけることを能力とし、
それを追求する「競争」を「生きる」ことだと思っているからだ。

しかし、「差」ではなく「違い」という観点で捉えれば、
人に対する見方は大きく変わる。

そうやって「違い」を楽しめる人が多ければ、
世の中はまた異なる方向へと進んでいくのだろうが、
なかなかそれは難しい。

この世にはいろんな人間が存在するように、
この世にいろんな色が存在するように、
あらゆるものは違って当たり前なのだ。


by. 桜井章一氏

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